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2013/01/31

【歓喜の歌】解説⑤制作スタッフについて

毎回テーマを分け、5回に渡りお送りしてきた、新曲「歓喜の歌」に関する解説。
今回が最終回。MV制作スタッフについて、記しておきたいと思います。

音源制作段階から、漠然と考えていたMVについて、それを具現化してくれる仲間に出会えたの僕はとてもラッキーでした。
トロントに来て、抱えてきた思いや、新しく湧いた感情など。象徴的とも言えるトロントでの処女作品であるこの「歓喜の歌」に込める事が出来たし、何よりもここに来た事の意味をほんの一歩でも、分かりやすい形で「カタチに変えて届ける事が出来た」という意義を感じています。

以前にも記載した通り、今回の制作スタッフは、みんながみんな初めてのミュージックビデオ制作。そんな中で、みんなでコーヒー屋へ行って何時間も話をしてみたり、撮影しながらあれやこれや方向性を微調整してみたり。それぞれがそれぞれの得意分野とイメージ・アイディアを持ち寄って制作した作品となりました。


MUSIC VIDEO STAFF
Director : Mariko Kawano
AD,Wardrobe : Yuki Uemura
Camera, Editor : Yoki Watanabe

Director:Mariko Kawano
彼女とは、確かとあるイングリッシュクラスで出会ったと思います。彼女はどこか僕と似ているタイプで、アーティスト的な観点から考えてくれました。本音をぶつけて、衝突する事も出来たし、彼女の持っている文化・芸術などにおける知識や、センスを不器用ながら惜しみなく分けてくれたように思います。

AD,Wardrobe : Yuki Uemura
トロント生活の最初の出会いの中に、彼は居ました。勤勉で、ユーモラスで、機転の利く彼は、調整役として、安定させてくれるバランサーとして、とても重要な存在でした。人間的にも、彼と過ごした時間の中で、大切な気付きを得たように思います。音楽以外にも彼との付き合いは続けて行きたい弟のような存在。

Camera, Editor : Yoki Watanabe
おかしなヤツです。おかしな出会いから始まりました。出会いの経緯は割愛しますが、とにかく素晴らしいのは、僕が音楽に向き合うそのエネルギーが、彼には映画に関して、とても似たように向かっているのです。彼との不思議な出会いが、そして、彼の映画・映像に対する情熱、パワー。それら全てが、今回のMVの制作に必要不可欠なエッセンスでした。もちろん、撮影、編集などの技術も含め、彼の力を借りる事が出来たのはとても有り難い事でした。


今回は、「歓喜の歌」作品に関して、という話と少しズレるのでちょっとおまけ的になってしまいましたが。特にMVにおいては、彼ら無くして出来上がらなかったという点で、解説として書いてみました。
人間的にも、また作品を通しても、きっと彼らとはこれからも関わって行きたいと思います。


そして、今年の残り11ヶ月で、また次作を制作・発表して行けるように、引き続き頑張りたいと思います。お楽しみに。

2013/01/28

【歓喜の歌】解説④映像について

配信販売も開始された「歓喜の歌 -Song of Joy-」について、第四回目の解説にしてようやく?先行視聴開始していたMVについて語ろうかと思います。

たくさん、視聴して頂いて嬉しいです。
僕自身、撮影当初から、この時を待っていたというのもあって、今でもよく見ています。えへえへ。
そう!今作のミュージックビデオはメロウ自身、初めてのミュージックビデオ撮影であったのです。なので、やりたい事もごちゃごちゃっとイメージがあったりなかったり、構想をまとめて行くのが大変でしたが、とにかくとても楽しんでやれました。

細かく書くと、とても長くなってしまうので省きますが、初めてのミュージックビデオ制作。しかも初めて共同作業するスタッフ(スタッフの事はまた改めて書きます)、みんなで何回もコーヒー飲んでおしゃべりしながら沢山のアイディアが出しあった中で、僕のイメージとしてみんなに強くお願いした事が、

日本の映像・写真を使いたい。
トロントの街中を歩き回るような映像を撮りたい。

というものでした。
楽曲についての解説にも書いた通り、テーマが日本に対しての思いを具現化したい部分もあったので、(全国にいる;はーと)日本の大好きな音楽仲間達にこりゃお願いしない手はないわ!と思って、みんなに映像を撮って、送ってちょーだい!!とお願いしました。
携帯電話やSNSの普及がこういう事を実現出来るようにしてくれたのですねぇ。
画像の質は若干異なれど、僕のイメージした通り、素敵な「味」を出してくれました。(最初見た時、嬉しくて一人で泣きそうになってた)

この映像に関わってくれた人々が沢山いて、YouTubeのSpecial Thanksにもクレジットされているのですが、ミュージックビデオスタッフ以外で、映像に直接的に関わってくれたメンバーを改めてご紹介。
東京、新宿の映像(都会の夜の映像):Kyohei Matsuno(Tokyo Common Sense),
東京、西荻窪の映像(日中の東京っぽい街中):nojico
大阪、道頓堀の映像(見事な雑踏とグリコとかそういうやつ):Rin-chan
北海道、羊蹄山の映像(山!とかそういう自然):Sa-ya

以上が、イントロから歌いだし(0:40〜0:57)までの間に使われています。
(ほかのスペシャルサンクスは、写真、登場してくる部分や、場所。それから残念ながら映像化されなかったけど、映像提供してくれた人などなど。)

日本以外の映像は、トロント内でみんなで場所の候補をあげて、各所にてテクテク歩いてみたり、わちゃわちゃ動き回ってみたり、人目も気にせず歌いまくってみたり、そういう所で構成されています。

全般に出てくる「鬼」について。
2012年春に発売したアルバム「WIONI」。これを制作した頃から、僕は海外へ持って行く事の出来る日本文化って何だろう?と考えていました。そんな折に、ふと目を止めたのが「鬼」の存在でした。
神話や寓話に出て来たり、力強さがあったり、時に狂気をはらんでいたり、良いヤツも居たり、悪いヤツも居たり、存在としての「鬼」はとても日本独自の価値観が含まれている気がして、僕は連れて行きたくなりました。僕にとって言わば「日本の欠片」のような思いで持っています。
日本にいる時よりも、海外へ居る事の方がより、自分が「日本人」である事を意識せざるを得ない瞬間というのも多々あって、それはある種の切り離せないアイデンティティーのようなものです。
だったら、それを含めて表現にしよう!という事もあり、WIONIの頃から、ちょこちょこ鬼が登場するようになったのです。(今後もしばしば出てくるでしょう)
なので、今回のミュージックビデオには、「鬼」はそういった思いでしばしば登場してきます。

トロントニアンは、街中で撮影していると、とてもいい距離感で居てくれました。
邪魔はしないけど、時々、めちゃくちゃ近くまでカメラを覗き込みに来る人も居たり、わざわざ近くに陣取って観察している人も居たり、撮影中なのに絡んでくる人も居たり、「気になったから訪ねてみる」みたいな人達がいて、とても気持ち良かった。
映像の中盤で出てくる謎の北欧系(だったかな?)のおっちゃん達は、僕が撮影の待ち合わせがてら、公園でギターを弾いていたら「お前エルビスプレスリーみたいだな!」と言って話しかけてきた陽気な方々です。前にもブログに書いたね、確か。
何か歌ってみろ!と言われて、歓喜の歌をうたったら、初めて聴くくせに「ららら〜っ」って一緒に歌ってたからね!笑
(結果的にミュージックビデオに使われちゃったし!※3:19秒辺り参照)

とにかく、そんな協力もありました。


あと、一つだけ。もう既に気付いている人は気付いているのですが。
撮影の期間中に、僕が髪の毛を刈った事で、髪の毛の長さが若干変化する事があるのですが。これは、僕の持論では「連ドラじゃあるまいし…かんけーないっしょ!」的なノリでカットしたら、スタッフのみんなにまんまと怒られた!しっぱいちゃんです。

そちらも含めて、お楽しみ下さい。
では、また次回。

【歓喜の歌 MV】
http://www.youtube.com/watch?v=tdXj4zDE6ZU&feature=share&list=LLrc-ii0j3vQnf65rabxplCA
【iTMS】
https://itunes.apple.com/album/huan-xino-ge-song-of-joy/id597072081?i=597072193

【歓喜の歌 Live】
http://youtu.be/zpH_KCLKhrk

2013/01/26

【歓喜の歌】解説③サウンドについて


おばんです。
えぇ、日本は確かにおばんです。

引き続き、おかげさまで皆さんに聴いて頂いているようです「歓喜の歌」。今回はサウンドについて、少しく語ってみたいと思います。
少々、専門的な雰囲気がするかもしれませんが。


トロントに来るに辺り、持って来れる機材がどうしても限られてしまいました。
で、あるからして、今、ここにあるもので、新しいサウンドを作ってやろう!と思い、持って来たアコースティックギターを、どう活かせるか、そんな風に考えて作りました。これまでにアコースティックの曲は書いてきましたが、これほどアコギを何から何まで鳴らしている曲は、過去のメロウを聴いても初めてのように思います。

プラス、僕がSoundCloudというサイトを使って、実験的にやっている「Kシリーズ」に出てくる「Kaossilator 2」と、あとこっちで買った(結局買っちゃった)MIDIキーボード。
主にこれらを使って、この曲は構成されています。

アコギのリフ、シンセによるイントロ。そして、後半に出てくるビート。
スピード感はありながら、前半にあるカントリーテイストを、そのまま四つ打ちのビートに乗せて、エレクトロポップの方向性へ誘います。

これは、何度も聴いていて気がついたのですが、作曲当初の頃の、自分の歩いているペースに、Bpmがとても近かったのです。
トロントの街中を散歩しながら、作って行ったとも言えるかもしれませんね。(まぁ、それもあって、MVで街を歩いているのですが、それはまた次回に。)

試しに皆さんも、これを聴きながら歩いてみてください。
人によっては心なしか、早歩きになるかもしれませんが…

そして、メロウシンフォニー的な、多重のコーラスワーク。
比較的シンプルですが、後半には輪唱のようなコーラスが多重に混ざり合いエンディングとなりますね。

こういうサウンドは今後も取り込んで行きたいと思います。
次回は肝心のMVの部分について、語ろうかと思いますよっ!!
では。

2013/01/24

【歓喜の歌】解説②歌詞について

(公開後、一部修正しました)

前回に続き、MVを公開した「歓喜の歌」について。
あと何回か、サウンドについてと、肝心のMVについて語ろうと思うが。その前に、今回は、歌詞について語ってみようと思う。
みようと思うよーー


歌詞は、このMVを公開した後、割とすぐ公開した(ブログだと1/20かな?)のだけど。
前回に記載したように、テーマがあって、それに沿って歌詞は書かれている。

リスナーの方々は、この歌詞についてどのように受け取っただろうか?

日本への愛。」がテーマと言ったが。

歌詞のどの部分に見られるのか??(あまり解説し過ぎるのもよくないが

僕は、この歌詞の中に、音としての響きに加え、

例えば「桜」「島」「日本(これは、そのまんまだけど)」と言った直喩的なワードを使ったり。
それから、前回書いたような日本の政治、天災、文化(風営法とか、違法ダウンロードの件とか)について考えていた事。
「それが無くなってホントによくなるのか…」などと考えたりしていた事。
"無いものねだり"という言葉もあるが、「例えば、それが無くなった時に、あなたは何て思う?」という思いを、「風がもしも〜」や「雨がもしも〜」として昇華させた。

例えば ”それ” がある事によって、生まれる喜びで、「明日も頑張ろう」と思う人もいるんじゃないか。
そんな事を考えて、一番の歌詞に乗せた。

それと、仮歌当初から浮かんでいた音としての響き。例えば「風がもしも吹かないとしよう」の語尾などは、「〜ふにゃふにゃな〜Night Show(ないとしょう)」と歌っていた部分などからも、インスパイアされて歌詞を書いている。



ちなみに、この曲の概要が出来上がって、MVの話を少しずつ進めようとしていた頃、同世代のミュージシャンが書いていた曲たちを見たり、聴いたりしていて、特に「クノシンジ:Bon(nb) Odori」「Tokyo Common Sense:Music is Free」の楽曲を聴いた時に、僕はすごく共感した。

何故なら、彼らも当時の日本の状況を憂い、そして、その思いを、音楽として形にしてリスナーに届けようとしたから、である。
その様な発想と、似ているかもしれない。(彼らへの尊敬も込めて)


(僕らが出来る事って)それだよね!
と思った。




それからもう一つ、前回に記載した通り、僕がここ、トロントへ来て感じた日本への印象の中に。日本が何故、海外から注目を浴びている部分があるのかな…という事を考えていた。


それは僕の印象からすると、日本は世界の中のスタンダードではなく、異端として、注目を浴びているような気がした。(語弊がある可能性はあるが、敢えて書いてみる)
ニンジャ、サムライ、オタク文化なども含めて、どこかメインストリーム(欧米諸国が彼ら自身をメインと考えているとして)に対して、彼らが一瞬理解に戸惑うような、不思議な魅力、いわゆる「ぶっ飛んでいる(もしくは偏っている)文化」を持っているのが、極東の島国、日本なのではないだろうか?
と感じた事があった。
ぶっ飛んでいるとか、アヤしいというか…


そんな印象も含めて、「でも、それっていいじゃん!」みたいな発想


そういう国、日本で、音楽と生きている人々。
日常に生まれる「歓喜の瞬間」を、音楽と共に祝おう!

そんな思いでしめている。

というわけで、前回記述した通り、比較的「陽」にベクトルを向けた世界観で、歌詞も構築されている。

http://youtu.be/tdXj4zDE6ZU

2013/01/23

【歓喜の歌】解説①楽曲について

先日、YouTubeで視聴開始となった新曲「歓喜の歌」。

今回から、その「歓喜の歌」の制作秘話について語ろうと思う。
語るのだから、もう秘話ではない。
そもそも、隠すほどのあれはないが、より作品を楽しんでもらえればという次第である。

楽曲の、主なテーマ。それは、日本への愛である。
愛国心?ですか、いわゆる。

この曲は、僕が東京を離れ、トロントに辿り着いて、ひと月くらいかな。少ししてから最初に出来た楽曲だった。
それはつまり、異国に降り立った事によって、刺激を受けて僕なりに感じた事、見えた事。それは主に日本の事だった。日本の事について、こっちで出会った人々と交流した事で生まれた感情など。
そして、当時から発生していた日本で起きている問題、喜び、などなどひっくるめて。

僕は幾らか、悲しい気持ちになっていたんだと思う。当時の(今もだけど)日本の現状に対し、残念なニュースがしばしば見られた。政治、文化、天災などなど。それは、海外に居るからこそ、余計に僕の心に響いていたのかもしれない。

しかし、トロントに居て出会った人々の中に、日本を好きな人が居た。というか、沢山出会った。今でも出会う。日本人はもちろん。カナディアンの中でも、日本に興味を持っている人、日本に行った事がある人。日本の文化を好きな人。日本人以外に沢山居た。
僕はそういう人々と話すと嬉しくて、日本人である事が、なんだか誇らしいというか、嬉し恥ずかしい気持ちになっていた。
そういう人達と出会ってきながら、日本の現状を少し離れた距離から見た時に、音楽によって何が出来るか…どう表現出来るか…と考えていた。

自ら遠く離れてトロントに来た自分が、日本への思い、日本の仲間へ、何か届ける事がしたかった。
そして、それは、誰かの「喜びの瞬間」をお手伝いしたいという事だった。


音楽を含め、みんなのツイートやフェースブックなどから、みんなが「喜ぶ」瞬間が伝わってくる。
悲しい思いだって沢山あるけど、日常の中の些細な瞬間、みんなの心の声が漏れる。「つぶやき」から、笑みがこぼれる瞬間。みんなが感動したり、喜んでいる瞬間、つまり"歓喜する瞬間"に「そうだよね!日本ってやっぱり良いよね!!」って言いたい。

そんな思いがあった。

人間の持つ多面性を、いつも音楽のテーマの中に盛り込むよう意識しているが、今回は比較的「陽」の部分に強くベクトルを持って行ったように思う。

そして、その幸せな瞬間に「音楽」ってあるよね!っていう気持ち。

それが、この「歓喜の歌」に盛り込んだ思い、である。
http://youtu.be/tdXj4zDE6ZU

2013/01/21

何かが起きて、何かが変わる

人間は、変わり続ける生き物である。
というのが、僕の兼ねてからの考えだ。

変わらない事はあり得ない。年齢も含め、環境も、少しずつ変わり、必ずその影響を何かしら受けている。つまりは人間そのものも必ず変わる。
だから、「変わらないね〜」という、久々に会った人の会話にいつも違和感を感じている。
そんなハズないんだ。近所のコンビニがセブンから、ファミマに変わったって、あなたの人生は変化している、と言える。(ってか、久々にコンビニの話題とかした)

それで、変わり続けるからこそ、”あの頃”と同じ、大切なものは、瞬間瞬間、大切にしていないと、その”変化”にのまれて、いつしか大きく変わってしまう。
それは時に良い事にも成り得るし、逆ももちろんある。


おっと、今日感じていた事は、そこではなかった。
誕生日が過ぎて。ここ数年の誕生日は、自分の為に、ゆっくり時間を取って、どっか行ってみるとか、そんな過ごし方をしてきた。
今年は初めての海外で迎える誕生日というのもあって、どっかへ行く、というよりは、のんびり過ごすという事にした。

SNSの発展のおかげもあって、たくさんの人からお祝いの言葉を頂いて。それに返事を返したりして。
そんな事しながら、毎年いつも考えている。「今年どうする?」について考えていたんだけど。
なんか、例年に比べて、ポッと出てこない。
いつも、20くらいのアイディアが浮かんで、それを書き連ねるんだけど。

今年はなんか違う気がしているんだ。
何かが起きて、何かが変わる。
そんな気がしている。

劇的に変わるかもしれない。

胸騒ぎにも似た予感。

そうは言っても、向かいたい道筋へ向かう事は用意ではないので、悠長な事も本当は言っているべきじゃない。
出来る限り、具体的に、イメージしておきたい。

そして、心の準備もしておきたい。


去年までとは少し違う。心の違和感を、ここに記しておきたいと思う。

次回のブログは、満を持してMV公開となった「歓喜の歌」について、触れたいと思う。

歓喜の歌(kanki-no-uta)歌詞

MV公開となりました「歓喜の歌」。ぜひ、Facebook、Twitterなどで、皆さんの反響を聞かせてください。

以下は、歌詞全文です。


「歓喜の歌」 Song by Mellow Symphony


風がもしも吹かないとしよう
曇り空の下で
「もしも風が吹いたら」
なんて君は思うだろう

雨がもしも降らないとしよう
乾ききった島に
「もしも雨が降ったら」
なんて君は言うのだろう

こんな大きな星空みたいに
輝き続けるその世界は
小さな光でも
明日を照らすだろう


愛がもしも儚いとしよう
桜の花の様に
きっと冬を越えたら
優しくなれるだろう

こんな緑の広がる世界に
うまれて来た僕らの未来は
全ての答えを
誰にも言えない

こんな世界の片隅「日本」で
音楽(きみ)と共に生きてる僕らは
よろこびの歌を
捧げよう ジュビリー

2013/01/18

対英語は一進一退

英語力については、いつも悩ましい。

誰かとコミュニケーションが少しまともに取れるだけで、嬉しくなるし、それを失敗すると悔しいし、へこんだりする。一日のモチベーションに大きく影響してしまう。

本当は、気にしないで、喋りまくる、のが一番…というか、一番得だと言うのは知っている。

それは、もう性格が作用する。
僕も少しずつそうして行く必要があるし、時に、そうするように努力している。

間違っても、通じなくても、とにかくトライ。それが一番ハートも強くなるし、実際に、レベルアップする機会も、手に入れる事が出来るし、一石二鳥。(もちろん、その分の恥はかく)

とても、自分勝手な性格の人がいるとする。
ある程度、他者に迷惑かけても、結局、それで意志を貫いて、行動して、少々の迷惑をかける事くらい、あまり気に留めない方が、目標に近付ける。というケースはよくある。そして、結局周りも、そういう性格だと認識して、関係性が出来上がって行く…。

ある意味、それと同じとも言える。


僕は、慎重派で、遠慮がち。奥手なタイプだから、それが悪く作用している事がある。
がしかし、性格はきっとコントロール出来る。いや、する必要がある。


今日、友達と電話した。
彼女の英語は比較的聞き取りやすい。が、その友達もカナディアンではないものの、こっちでの生活が長いから、ネイティヴのスピードで話す事が出来る。
その速度についていけず、聞き取れなかったり、うまく返せなかったりする。面と向かって話しているときと違って、特に電話でそういうことがよく起こりうる。
加えて、僕の英語力は、その日によって、なんだか調子がいいときと悪いときの差がある(気がしている)。
おっ、今日はよく分かるぞ。とか、よく返せたぞ。という時がある。
そして、その逆も。


今日は、あまり調子がよくなかったみたい(そういうケースのが多いけど…ぶー!)。

んで、へこみ気味というか、一人反省会を(考え事のことね)していたのだが、家に帰ってきて、久しぶりに、日本で英語の勉強をしようとよく見ていた映画をDVDで見ていた。


すると、どうだろう??
あれ?こんなに聞き取れたっけ??

というくらい、以前より、何て言っているか、分かる。
分かる、のだ。

英語(というか語学)には、4つの要素があると聞いた事がある。
読み、書き、聞く、話す。
どれもバランスよく必要な要素で、友達はその「話す」が、一番難しいと思う。と言っていた。

僕に、英語を教えてくれている友達にも、しんごは「話す」が苦手だね。と言われているが、もしかしたら「聞く」は、少し上達しているのかもしれない。いや、してくれていないと困るんだけど。

うーん。つまり、続けるしかないんだけど…
上達が、目に見えないやつって、すごく、僕は不安になっちゃうんだけど…まぁ、出来るようになっている部分もある。と。

手強いですよ。語学ってやつは。
一年程度、異国で暮らしているくらいじゃ、喋れるようにならないですよ。とても。

というのは、今のところの僕の体感。

2013/01/17

人誘いのプロ

という人が居たら会いたい。

なんだろう?そういう人いる??
キャッチの人??客引きの人??新聞の拡張??スーパー営業マン??

それは、好きな人に、好きだよ。
というのとは違う。

素直になる、事が目的ではない。

相手を、意図した方向へ導く、という目的が着いている。


だから、言いたい事言えない。という悩みがない人でも、
思った通りに、相手をコントロール出来ない、のであれば、こういう悩みは出る。


僕の場合は、断られるのがいやなのだ。
それは、おびえているから、期待しているから。
素直になる事で、「(そうして欲しいから)誘う」事は出来ても、相手を意のままにコントロールする事は出来ない。

いざなう、事は出来ない。

期待を叶える事は出来ない。他者の意思が介在してくるから。

出来る場合も、出来ない場合も、本人の意思だけでコントロールは出来ない。


とにかく人を誘うのが、上手になったらいいなぁ〜、なんてね。

2013/01/16

Joshua BellとWashington Postのいたずら

について。
FBを通して、(僕もシェアさせてもらったが)情報が飛び交っている?ようだ。

確かに、興味深いお話だ。
気になって調べてみたところ、2008年の出来事のようだ。なぜ、このタイミングでこの記事が(しかも誰かの記事を日本語に訳したような文章が)出回っているのかは、よく分からないが、まぁ、さすがSNSという事になるのだろうか。

興味深い…で、止まらずに、僕はなんだか少し悲しくなった。

この記事、これは「美しいものを見たり、感じたりする心を最近忘れたりしてませんか?子供たちは純粋に気がついているみたいだよ?大人になっても大切にしようぜ」的な事を訴えかける文章のようである。

が、僕は、泣きそうだった。

世界的に素晴らしい(とされる)ミュージシャンですら、
大勢の前で、何の演出もなく、ましてや忙しい通勤ラッシュの時間帯に、演奏していると、「殆ど気にもされない」のか???と。


この実験、例えば大きな看板、POPをデカデカと掲げていたら、どうなっただろう。
事前に大々的にプロモーションしたり、彼のバイオグラフィーを分かりやすく魅せたり、特設ステージを作って演奏していたり、それこそもっとメディアに露出をしているような、顔が一目で分かるミュージシャンならどうだろう、
同じ時間に通りかかる同じ人々は、同じ行動をしただろうか…と考えた。


もっと人が止まったかもしれない


この実験は、美しいものに反応する事に関連して、皮肉にも、音楽を聴く人々が「美しい演奏以外の何か」に価値観を見いだしている可能性がある、というのを示唆しているようにも思えてしまった。


とんでもなく素晴らしい演奏をしても、
ある意味「気付かれなければ」小一時間で30ドル前後(まぁ、それも十分すごいと思うけど)という事実。そして、拍手喝采はおろか、多くの人が自分の前を、ただただ、急ぎ足て通過して行くだけの光景。

例えば、演奏したJoshua本人は、一体どういう気持ちになったのだろう…なんて。


いずれにせよ、美しいものに対するアンテナはいつも持っていたいし、
音楽が不要な誰か、にとっては音楽というのは、必ずしも美しい、素晴らしい、価値あるもの、には鳴らないという「こんなもの」的な感覚も、どこかに持っていた方がいいのではないか…

などと、考えた日であった。

Joshuaの演奏をもっと聴いてみたいよね、それはそれとして。

2013/01/12

ぱーそなるこんぴゅーたーの謎に迫れ(ない)!

これは、想像のお話とも言える。

音楽仲間や、尊敬する先輩たちのツイートなどで、しばしば見かけるのが、PCトラブル。
やれ、フリーズしただの、強制終了だの、ファイルが消えたとか、やれ何が消えたとか、重いとか軽いとかほにゃほにゃ…

パソコン検定みたいなのってあるんだっけ。
今でこそ、やれ「君はMac」だの「僕はWin」だの、「ブラウザはIE(インターネットエクスプローラー)を使っている」だの「どれは早い」とか「遅い」とか、自然に話したりすることも出来る(気がする)けども。
一体、我々は、このPersonal Computerにまつわる諸々の、どこまでを理解していると言えるのか?
熟知していると言えるのか??

僕は、自分の体感覚としては、こいつの性能、というか、持っている資質の15%にも満たない程度しか理解していないんじゃないかなと思っている。

パソコンは、賢すぎる。
だから、例えば、思ったことをやりたい時に、めっちゃんこ複雑なプロセスを、本当は踏んでいる場合でも、一つのボタンをポチッとクリック(まぁ、ダブルクリックとか、色々あるよね)するだけで、その思った操作を行うことが出来る。
でも、そりゃ、本当は、このマシンにとんでもない量の、幾重にも、情報を送信(または受信も含む)している…んじゃないかと思う!

頭のめっちゃんこいい人達が、それを簡略化しまくってくれたおかげで、ポチ!で済んでいるのだ。(私の様な素人にも簡単に扱えるように!)

まぁ、ケースとしては、実はものすごく簡単な(というか、短い、シンプルな)作業をする為にも、パソコン内にたくさんの情報を与えてあげないと、動かない(指示通りに、作用しない)というプロセスというのもあるんだと思う。

とにかく作った人達は、本当に頭いいよね。
でも、そういう人達から見たら、人間っていう、生き物の構造は、よっぽど奇々怪々なのかもしれないが。

なんと言うか、考えられる限りを、詰めに詰めまくって、解決出来る部分を、理路整然と解決しまくって、いわば理詰めの粋を集約した結果が、こういう「パソコン」とかのような産物じゃないかなんて考えたりもする。

それでも、トラブルとか、謎の現象が起きたりするわけですよ。
例えば、昨日僕が悩まされたトラブル、「ゴミ箱が空に出来ない」という現象。これ、スティーヴ・ジョブズが見たら、なんて言うんだろうね。
「あぁ、これは、○○システムの××の部分と△△が干渉しあっているから…ここをこうして…ふにゃふにゃ…」とか言えるのかね。

実世界で、「ゴミ箱が空っぽに出来ない」とか言われたら、何て言う?
「燃やせ!」とか、「違うゴミ箱使え!」とかかなぁ…。

でも、そういう現実世界じゃないもんね。
全てが、「PC世界」での出来事。

んで、僕はgoogle様の検索エンジンを使って、トラブル解決に挑戦したわけですよ。調べると同じようなトラブルを抱える人っているのね。結構。でも、原因がどうよりも、解決方法だけが載っている(まぁ、原因なんて複雑過ぎて素人には言われても分からないのかも)。
とりあえず、何もわからないけど、やるしかないから、書いてある通りにやってみる…

(※ここで、生まれて初めてMacの中にある「ターミナル」というアプリケーションを使った)

出来た!(素人がいじるのは本当は危険らしい…直接PCの内部に語りかけているようなもんなんだろうね。外科手術みたいな。)


と思ったら、必要な部分まで消してた…
(見よう見まねで手術したら、切ってはいけない部位まで摘出しちゃった…みたいな)


幸いにも、バックアップなるものを取っていたから、(いや、Time Machineてのも本当によく出来ている…)復元出来た…っぽいけど、もしかしたら、使っているうちに前とは違う何かの現象が出てくるかもしれない…
でも、分からないもんね…


だから、修復した!風に見える!!
としか言えない…
つくづく、「考えた人ってすげぇなぁ」って感じになるのです。


僕も、対象がパソコンじゃなくてもいいから、「意のままにコントロール出来るほど、熟知している何か…というか音(サウンド)!」を手に入れたい…なんて。

2013/01/08

the best ever

長いようで短いような長くて永い歳月。
もうすぐ3年経とうとしている。

インターネットってすごいね。E-mailってすごいねぇ。
手紙だったら、風化して、捨て去られているかもしれないのに、放っておいたらそのまま残っているんだもの。

大切な日々に、もう一度感謝したくて、
記憶を辿ってみたら、
泣いていた。


君の気持ちは、よく分かるよ。
あの頃の、僕。


体調悪い時に、こんな事考えるのは、きっと良くないな。


2013/01/03

新年になったからと言って

急に何かが、劇的に変化するわけじゃない。
瞬間瞬間の連続だものね。

でも、なーんか、こう。
ひょ!っとした出来事がこの二日くらいで起きたりすると。


あれ?
「こいつは…新年早々…」とか思ったりするんだよね。

寝ながらにして見る夢とか、
ちょっとしたラッキーに出くわした時とかさ。

ここ数日、暗くなったりする日も、先週とか先々週なんかはちらほらあって、
今住んでいるお部屋のオーナーであるAyakoさん(ツイッターにはしばしば登場する)とたまたま話した時に、話を聞いてもらったりなんかして。
(そしたら、ビタミンDのサプリメントをくれました。太陽光を浴びず、寒い日々が続いて暗くなっちゃうような時に効くんだよって言ってた)

うーん。

そして、新年を迎えるにあたって、
特別にちゃんとお礼を言っておきたい人達に、メッセージ送ってみたりしたのさ。
電話してみたり。

ちゃんと、自分の中で区切りをつけようとしたのかな、…なんでだろ。今考えると何でそうしたのか、自分でもよく分からないけど。


でも、それで返事くれた人も、くれてない人も居るけど、新しく気持ちよく、関係性を再び作れる(この場合は殆どがいい関係性を、更によくするものだけど)ようなポジティブな気持ちになれるね。

うーん。こういう瞬間は、やはり日本人なのかなぁ。三が日ってのを無駄に意識したりね。もう二日目にして、ゆっくりだけど、トロントの街は通常と同じように稼働し出しているもんね。

さ。明日もいい日にしよーーーーっと。
(うっひょう)

2013/01/01

こんなにも違うのだけど。確かに年越し。

トロントは、確かに今、年越しムードです。

しかし、やはりクリスマスほどではないですね、体感的に。勝っています、皆の気構えが。クリスマスの方が。

とは言え、街行く人達の、別れ際の挨拶「HAPPY NEW YEAR」はとてもいいですね。日本語で言う「よいお年を!」と「新年あけましておめでとう!」の両方の意味を兼ね備えているんですねぇ、きっと。うんうん。だから、もう数日は使えるぞ。


2012年。もうみんなきっと振り返って、そして、新しく、2013年をスタートさせて、心機一転している事でしょう。

僕自身、この北米有数の都市、トロントへ来て、半年。
日本からの旅立ち、そしてここでの生活。それは全て2012年にありました。

思い返して、しみじみしようとすると、あまりに濃厚で、ここに書き切るどころか、あまり振り返りたくありません!
継続中って感じ!!!!

2013年に向かって行って、実行していきたい事はまだまだまだまだまだあるのです!!!!


とにかく大好きな人達と、大好きな音楽と。
大切な人や物を、大切にしたい時に、大切にする事。


いつもそうしよう。
変わり続ける日々の中で、精一杯の愛を!!!


そして、感謝の気持ちは、作品へ!

HAPPY NEW YEAR!!!!!!!!

Mellow Symphony