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MUSIC AS MAGIC!! Singer Songwriter "Mellow Symphony". Welcome to Mellow Symphony's blog

2013/03/29

日本語のうたを聴きたくなった

昨日のSoda監督の「Peace」を見て、日本に対する思いが、ぎゅーって高まったからか分からないが。
夕べの帰り道は、久々に、というか、日本語のうたを聴きたくなった。聴くしかなかった。(震災後の石巻を初めて訪れた時にも同じ感覚をうけた)

英語の歌を、聴けない瞬間というか…自分の中に湧いた心象は、洋楽では片付かない瞬間がある。

で、ブルーハーブを聴きたくなったんだけど、たまたまiPodの検索ですぐ見付ける事が出来ずに、代わりに?ブルーハーツを聴いたんだ。名前似てるしっ。
どっちも言葉にとんでもなく力のある方々だよね。

ヒロトさんの、大人の悪ガキみたいな。改造人間でもないのに、へんしーん!って言ったら、ホントに変身してみえちゃいそうな。そういう歌声とか、振る舞いとかが耳から入って来て、うーん、大正解だった!夕べのBGM。

んで、今日はまたSoda監督の映画見に行ってくるんだけど。その前に、中村一義の音楽を聴いている。

シャッフルしてたら流れて来た最新作「対音楽」に収録されている「歓喜のうた」は、偶然にも僕が作った「歓喜の歌」と同タイトルであるが。中村さんの「歓喜のうた」は、まるで、鎮魂歌のような。浄化作用があるような曲だ。

そしてふと、あの曲が、彼にとって遺書のような。人生を終える直前の「大往生だったぜ!ありがとう。じゃあね!!」って歌っているみたいに感じて、
この人は、もうすぐ死んでしまうのではあるまいか…

などと、有る事無い事勝手に考えて、心配になってしまった。
それ位、この人の作品に見せる世界観(もしくは中村さんのおじいちゃん直伝の人生観か?)は、卓越していて、人の人生一周くらい既にしているようにすら思えてくる。

ニーチェを読む時にもたまに感じるが、真理を言える人ってのは、人間の人生を既に何周かしてきているんじゃないかと思ってしまう。


それと、もう一つ。早死にする人は、神様に好かれてる人。
早くその魂を、次の肉体に宿したいと思われる人。なんて考えたりもする。

それは、「性格」とか「人柄」だけでは片付かない何かを持っている人たち。

だと思っている。
と、考えると僕の大好きなポールマッカートニーや、岡本太郎は。彼らは、同じ肉体のまま、そのまま長く現世に必要とされていたんではないかと思う。


そんな事考えながら過ごす、コーヒーショップの窓際。
さ、映画見てこよ。

2013/03/28

明日も見に行く事にした

今夜は、月が大きく、まあるく、雲の隙間から輝いているのが見えました。

気温は氷点下までいかなくなってきたかもしれないけど、まだまだ寒いな。トロントは。
Kazuhiro Soda監督の映画を今日は見てきました。

トロントにあるJapan Foundationという団体の企画によって、フリーで映画を見て来る事が出来ました。

そこには、監督自身の義理の父母と、その人たちにまつわる介護のお話がありました。「Peace」というタイトル。
監督の事を正直全然知らずに、映画を見に行ったのですが。とても興味深く見る事が出来ました。Soda監督の作品も、何の下準備も無しに身一つで映画を撮りに行くようなドキュメンタリーのタイプらしいので、今日僕が下準備無しに見に行った事もアリかもしれないですね。

僕の視点では。
その映画の中には、紛れもない生の、日本人の、営み、がありました。
全てがとても現実的で、そしてある意味象徴的で。政治と人の生活。老後、介護、お金、病気、生と死、家族、夫婦、コミュニティ、日本人とペット、宗教観とか。

舞台がとても限定された環境下だからこそ、すごく逆に普遍性があるようなシチュエーション。

人間それぞれの抱えて来た歴史を含め、与えられたマテリアルの中で、慣習や惰性や少しの好みや、どうしようもできない何かとか、それらを受け入れながら生きる。人々。

映像の中に出て来る一つずつのカットが、僕には、とても…胸が苦しくなるような、

なんてこった、そうだった。この国には、まだまだまだまだまだ僕らが、どうにも出来ないくらい、どうにかしなくちゃイケないような、イタタマレナイ思いになる出来事が、こんなにも潜伏している。浸食している。ある種、それが当たり前になっている。

監督の作品を、観察映画と呼ぶそうですが、まさしく…それは、生活。を観察している状態でした。

映画上映後にインタビューがあり、監督自身は東京大学を出て、なんかやりたくって、映画勉強しにニューヨークへ行った…的な事をさらっと言っていましたが。

僕ら日本人は、どう受け止めたらいいのか。
監督自身は、どうやって受け止めながら、あの映画を「撮影」したのだろうか…。

上映後の質問コーナーで、中国人のおばちゃんが「この映画はぜひ中国でも上映されるべきだ!」とアツく語っていたな。

とにかく、明日も同監督の別作品が上映されるという事で、急遽行く事を決めました。明日も行かねば。
海外だから、知る事の出来る。再認識する事の出来る、日本の事。僕はその瞬間というのはとても大事だと思っている。
引きはがせないくらい、僕は日本人だから。

2013/03/27

春のレコーディングフェア

なんですか?そのフェア?あったら、行ってみたい。

うーん。周りで色々あるようです。
僕の友達が、なんじゃいこーじゃいと、ニュースが。事件が。

好きな人達に、今の僕は何してあげられるか…そんな事を考えたりします。へっくしょん。


おっと、そう。レコーディングでした。
今日は、お昼過ぎくらいから、ずーーーーーーっと作業していたかなぁ。何かですね、トロントにいつまで居れるのか…僕、現在進行形でただのガイジンですから。この国にいる以上。
いつか出て行かねばならぬタイミングが訪れても何ら不思議じゃありません。今のところ。

ただ僕が長く思い描いていた「その土地に染み込んでいる空気を吸って作る音楽」というのを、少しでもここで体現したい。せめてそれを何とかしてから出るなら出たい。
なんてことも、考えたりする近頃です。

もちろん、歓喜の歌は、それの一部でもあるのですが。

とにかく、まぁ、創作のリズムも何だかよくなってきて、今複数曲のレコーディングをちょっとずつ進めている段階。
そして、その中の一つのプロジェクトが、以前、「歓喜の歌」のMVで撮影を担当してくれたYoki Watanabeが現在撮影している映画のエンディングテーマです。
新曲を書き下ろして、Yokiと既に何度か打ち合わせも進めています。

以前にも書いたかもしれませんが、彼は本当に…なんというか、オモシロイやつでして。二人でよく話し込んでしまったりもします。文章とか面と向かって…とかね。
するめ的なヤツですね。噛めば噛む程…うんうん…ちょっと癖のあるするめです。ははは。

そんな癖のあるYokiの、癖のある映画に、癖のある私こと、メロウシンフォニーが曲をつけるのだから…わっはっは。完成が楽しみです。

トロントもようやく少しずつ暖かくなってきて、今日は半袖も街で見ました。5〜6℃くらいまであがったんじゃないかな。

去年の春に出したWIONIから、もうすぐ一年が経とうとしていますので、春のWIONIフェアも検討中です(フェアって…)。

写真は先日の打ち合わせで、Yokiが買ってきてくれたホットチョコレート。クリームを店員さんが入れ過ぎて、僕好みの感じになっています。

2013/03/21

ナニシテマスカー

今週は、トロントは音楽フェス中。へす、してます。へす!(フェス)
メロウは、参加ではなく、見る方で参戦。

夏にもあるんだけど、トロントの街中にあるいろーんなライブハウスを使って、ライブしまくる!っていうイベント(のちょっと小規模版かな)。CMF。

Canadian Music Weekっていうイベントの一環っての?なんか、コメディとか映画とか、それから音楽業界の人を呼んでお話聞いたりとか、日本や韓国の業界人呼んだりとか…そういうコンペっちゅーか、なんか展示会?ともちょっと違うけど、そういう営業っぽい要素もあるみたい。
日本からもバンドが来ているんだよ、どうやら。すごいね。どういう経緯で来たのか…気になるけど。

とにかく、沢山のバンドがいろーーーんなライブハウスでやるから、チェックしていたら結構いいの発見。
今夜僕が見よう!と思ったのは、このバンド。
Erik Lind & The Orchard (http://eriklind.bandcamp.com/)

いやぁ、カナダのカッコいいバンドって、けっっっこうモントリオールに居たりするんだよねぇ。なんか。そういう雰囲気あるんだよなぁ。

まぁ、それはさておき。結局、今夜のライブは見れず終い。
映画音楽の打ち合わせを行ったまま、話し込んでしまいました。

まぁ、その話も近々書きます。
音源も格安なので、ライブ行けなかった分、買ってきいてみよーっと。

2013/03/18

エヴリデイ

誰かの誕生日。
練習する日。
気付きを得る日。
選択をする日。
大切にする日。

生きようとする日。

昨日、友達と沢山喋ってですね。
おもしろいもので、高校生の時とか20代前半では、ほんとーーーーーによくやっていたような事だと思うんだけど。
いわゆる、だべるっちゅーか。

そういう事で、自分の考え方を確認出来たり、誰かとの関係性を深める事が出来たり…
ってあるよね。

オレ、何考えていたんだろう…っていうのが分かったり。

その頃に同じような事していた時に、感じた、「おしゃべりの中から見えるもの」が、今は少し違ったりしている自分に気付いた、のが昨日のおしゃべり。

何だろう、不思議な感覚だった。

別に、飛び抜けて僕は、悟りを開いたわけでも何でもないし、
ながーーーーーーーーく生きて来たワケではない…と思うのだけど(それなりには長いけど)。

なんか、こう…ふっと、別の視点から、物事を見ているような…

自分の事でもあるけど、他人の事でもあるような…


何言っているんだろうね。
そういうのって、ある程度生きているとあるもんなのかなぁ…

昨日ね、嫉妬したんですよ!
とっても!!!

めっちゃくちゃ、ギターの演奏が巧い、巧過ぎる人達の映像を沢山見てたの。うまいっちゅーか、単純にさ、技術的に…というか、よく指が動くんだ、その人達。巧いにも色々あるからね。
彼らは、独創的…という世界観とは、少し縁遠い感覚がしたんだけど。

でもさ、巧いんだよ。とにかく。
それでさ、すんげい人気だったりするのさ。(局地的…というか。ニコ…なんとか動画とかさ…弾いてみた…とかさ、あるでしょ。そういうやつ。)

今までは、そういう「ジャンル?」的なものを、あまり視界に入れないようにしてきた感もあるんだけど…毛嫌いというか…
でもさ、関係ないのさ。
巧いんだもの。普通に。

友達になりたいって思ったよね!

オレも顔隠して、コスプレとかして、演奏して、画像アップしたら、友達になれるのかなぁ…(めっちゃ巧くないと話にならんか…)


全く知らないのは良くないね。
価値観を狭めてしまうからね。
知ってから、ちゃんと選択すればいいんだもの。

はぁー、ホント、エヴリデイ。って感じ。

2013/03/12

3月11日

カレンダーで、この並びを見るだけで。いや、どこかで311という数字を見るだけで、何だかギョッとするような日になった。2年前から。

公開される情報を見て、改めて想像し難い大津波の事や、大地震。原発事故。

僕にとっては、経験した事ない揺れと、街の景色だった。

そして、その時から、大切なものが何かとか。決めるべきことは何だ。とか考える回数や、範囲が増えたり広がったりしたように思う。
そして、その後から、どんどん気にするべきこと、知るべき、注意すべき事も、より変化して。

日本人であることを、より意識せざるを得なくなったとも言える。


今はどうだろう。
大切な人や物、ちゃんと大切に出来ているかな。

必ず会いたい人が居るから、行きたい場所があるから、もう少し頑張るよ。

僕ももう少し、お役に立てないかな。なんて、考えるけど。
無理をすべきところではないかもしれないから、できる事。ちゃんと考えて、やって行きたい。

この間、トロントに持ってきた「石巻VOICE」を日本語が分かるトロントニアンに渡す事が出来たよ。


絡み合う出来事のなか、あの時の恐怖は、僕も僕なりに持っているけど。
続いていくなかで、何か、どこかで、これからも繋がって行きたい。

自分のアイデンティティである事に、これからも。



おやすみなさい。
神さん。

2013/03/11

ライブを振り返ってみよう

メロウです。
前回のブログに続いて、今度はニューヨークから帰ってきた翌日に行ったライブについて振り返ってみようかと思います。

ご来場のお客さん、そして見てくれたお客さん。ありがとうございました。最後の方に近くに寄ってまで聴いてくれたお客さんなんかも居て、嬉しかったな。

セットリスト。
Stage 1 (Opening Act)
1 English man in New York
2 Shooting Star
3 Stand by me (featuring Moca)

Stage 2
1 歓喜の歌
2 notebook
3 feather
4 片想いのタップダンス
5 エンゲージ

という流れでした。
オープニングアクトでは、カバー曲を。そして、突然決まったジャズシンガーのMocaちゃんと共演しました。
今回は、出演者でもあり。イベント自体の企画、運営にも携わるという…ちょっと一風変わったスタイルだったので。企画はもちろん、会場の設営などなども、自ら携わり、とても興味深い時間だった。
それだけに、イベントに大して思う事も幾つかあり、それは企画する側として、出演者として…うーん、それが入り交じった感じ。

イベント自体が、トロントでの日本人に向けた情報発信と、夢を持ってカナダへ来ている日本人の発信、交流の場。と言ったような、大きく分けて二種類の趣旨を持ったイベントだった為、前半にはトロントで実際に活躍されている日本人の方々。僕らの大先輩である、日本人向けの各種機関の方々のスピーチを聞くという時間があった。
(これはコレで、僕はとっても楽しく聴かせてもらった。大先輩たちのこれまでの大変だった話や、解決してきた問題。海外での滞在で起こりうるトラブルなど。たくさん勉強させてもらえた気持ちだった。)

異質なのは、これまでに僕が参加したイベントと違って、音楽を楽しみに来ている…という目的の人が少なかったという事。

生演奏自体が、会場のBGM代わりになるのは結構すきなので、僕はそれでもよかったのだが。イベントの趣旨と、会場の雰囲気と…なかなかむつかしいバランスだった。

歌を聴こうとしてくれている人達と、おしゃべりを楽しみたい人達が広い会場内にごちゃまぜになっていた。

最後の方はあまりにざわついていたのもあったが、会場が教会内の講堂というのもあり、高い天井と、四角い箱のようなカタチによる、独特の響きがあった。僕はそれを自分で演奏しながら聴いていて、どうしても試したくなって、急遽、最後の曲だけ、オフマイク。完全にアンプラグド。そして、照明も消してもらって、暗闇の中。マイクを使わずに演奏してみた。
ステージからも降りて、下に座り込み、お客さんにより近い場所で。
そこで、最後の曲エンゲージを歌った。

トロントに来ている留学生の多くは、大学生など、20代半ばくらいまでの人が殆どだ。
その中で、歌った「エンゲージ」。
この曲は、不器用でも魂を持って生きる仲間達に対するいわば応援歌。自分にとっても、ある種のテーマソングとも言える。
残りのエネルギーを振り絞って歌いきった後、一人の友達がすぐ話しかけてきてくれた。
果たして、他のみんなにも届いただろうか。

最初から興味がある人も無い人も、最後には、何かを得て帰ってもらう。
それが出来るかどうか、やっぱりステージ側からの僕らと、見てくれているみんなとの勝負でもあるのかもしれないね。

くたびれて、帰った。
いい夜だったな。

2013/03/10

帰って来た事をまず整理せにゃいかん

うかっっっっっっとしている間に、日にちが過ぎて行くのは、周知の事実なので。

ここは、敢えてちょっと遡ってでも、まずニューヨークの事を振り返らなくてはいかん。
弾丸旅行でニューヨークへ行き、Koheiに会えた事はとてもよかった。彼と知り合ったのは、実はほぼ一年前。
そして、今回のように直に会って話すのは…3回目?かな。

その間、結構Skypeなんかで連絡取り合ったりはしていたのだけど。

そんな僕を、彼は今回のニューヨーク滞在に呼んでくれた。
音楽やアートを介して繋がってきた仲間なので、濃密な時間を過ごしている分、そこらの飲み屋で出会った人とはワケが違う…いや、飲み屋で出会うのもそれはそれですごいかもしれぬが。

とにかく、僕らは3〜7日の間。ほぼ、四六時中行動を共にして、やれあっちのカフェでの朝飯を。こっちのレストランで昼飯を。行ってみたい街のエリア。彼の今回の旅のメインである、彼の作品を展示中のギャラリー。それから、その周辺にある素晴らしきチェルシーのギャラリー街。はたまたアートフェスなどなど。

たくさん歩いて、たくさん話をして。
また一つ彼の事を好きになり、自分に対する発見もあったり。

そして、アートを通してたくさんの刺激も、もらってきた。

日本からニューヨークに行った時と、トロントからニューヨークに行った感覚は、やはり何だか少し違うように感じた。
日本以外で、暮らしている感覚で、ニューヨークを見た時。マンハッタンは魅力的な街であるが、同時に、そこで暮らす事へのイメージを、どこかで膨らませて考えている僕がいた。

アメリカ…

この四文字は、日本人にとっては、複雑な響きだよね、きっと。
すごく良いものを沢山もたらせてくれたとも思うし…その逆も…ねぇ。きっと。たくさんあるんだと思う。

ニューヨークへ出発する前に、無性に(アントニオ)猪木さんの「道」の朗読が聞きたくなっていたくらい、「この道を行けば…」と思っていた僕だけど。
帰ってきたら、その衝動はどこかへ行って、何だか少しだけ、今後の生き方について、ヒントが見えたような気にもなった。

すごい力を持っているよ、やはり。ニューヨークシティ。

2013/03/06

大切に

ニューヨークは、マンハッタンにいます。
画家であるKoheiが、東京から来るという事で、めちゃんこ会いたかったということもあり、トロントから駆けつけている次第です。
2年前に、Tokyo Common Senseこと、マッツノーと一緒に来た時以来のニューヨーク。
気持ちはもちろん高揚し、Koheiや、彼を介して知り合った同じくアーティストであるあべちゃんとの会話を楽しんだり。
今夜や、明日もまた別の視点からアートに触れることが出来そうです。
そして、前回も4泊6日くらいでしたが、今回も弾丸ツアー。
がしかし、今回は殆ど観光地らしい場所はまわらずに過ごしそうです。
トロントが比較的近くでよかった(バスで12時間くらいかかったけど)。また来ようとすればちゃんと来れるね。

でも、そんな"無計画に過ごす"ニューヨークの滞在もやはり素晴らしい。
いつだって、環境と人。そのバランスなのでしょう。


迷いがあります。考えている事があります。

少し未来の事。

選択が必要でしょう。色んな迷いの中を、今までにも選んできましたが、今回はとりわけ手強い気配がしています。

どっちを選んでも、何だか似たような違和感がでそうな。
いや、もしかしたら二択以外の何かがあるのかもしれません。

覚悟や、準備や、think outside of the boxや、
大切にすべきものを、大切にしたい時に、大切にすること。

それらの全てを、総合して選ぶ必要があるからね。


それはそうと、ここのカフェに、保健所?の監査の様なものが入っているようで、店内が一人のおばちゃん(監査員の様な方)の気迫に圧され、物々しい雰囲気がしています。スタッフの動きも、鬼教師に見つめられているように、コピッとしています(どんな表現だ)。


そのおばちゃんが、隣の席に座ったので、今日はここらで。

ではでは。